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お酒を飲まずに冠婚葬祭イベントを乗り切るためのたった1つの真理

冠婚葬祭イベントをお酒なしで乗り切るためのたった1つの心理禁酒断酒

「日本人にとってお酒は文化」

これは歴史から見ても疑いようのない事実です。

だからといって、それがお酒を飲む理由にはならないんですよね。

頭の中でここを切り離せるかどうかが、断酒を継続できるかどうかの超重要分岐点です。

過去や歴史がどうであれ、私たちは「現代」を生きていることもまた事実。

そこで先日、以下のツイートをしました。

というわけで、今回のテーマは「冠婚葬祭」です。

想像しただけでなかなかの強敵だと思われるかもしれませんが、上記ツイートを深掘りしていってみたいと思います。

私は現在、ヘルスケア関連企業に15年以上勤務しており、2019年10月12日から現在進行形で完全断酒を続けています。

Twitterも毎日投稿していますのでご興味あればリンクボタンからよろしくどうぞ(^^)

この記事を最後まで読むと、断酒中の冠婚葬祭への向き合い方が変わるかもしれませんよ。

それでは早速いってみましょう!

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日本人にとってお酒は文化

日本人にとってお酒は文化

冒頭にもお話しした通り、日本人にとってお酒は文化です。

この歴史的背景があるからこそ、断酒しづらい環境が整ってしまっているのです。

日本という国は自然がとても豊かです。

山も川も海も美しい。

綺麗でおいしい水は身近にありますし、その水と肥沃な土壌からおいしいお米が獲れます。

そんな豊かな環境の中でお酒というものが生まれ、育ちました。

また、日本は小さな島国であり、昔から他国による侵略から自分達を守るために一致団結する必要がありました。

お酒がこの国の文化となる素地は太古より整っていたわけです。

そういう歴史的背景を理解したうえで、あえて言いたい。

『だからといってそれが、あなたが酒を飲む理由にはならない』ということを。

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冠婚葬祭が断酒erにとって強敵である理由

冠婚葬祭が断酒erにとって強敵である理由

上記のように日本の文化にお酒は深く根付いています。

その名残からか、冠婚葬祭には必ずといっていいほどお酒が振る舞われます。

しかしこの『冠婚葬祭』というのが、断酒erにとっては最大の強敵となります。

それは何故か?

理由は単純で、「人質を取られているような感覚に陥る」から。

具体的にいうと「めでたい節目を迎えた人」や「この世を去ってしまった大切な人」を人質として取られ、

✓ 酒を飲む=ポジティブな意思表示
✓ 酒を飲まない=ネガティブな意思表示
※元々飲めない人は飲酒免除

という2択を迫られる感覚です。

「踏み絵」と言い換えても良いかもしれません。

もしも飲まないという選択をすれば、「めでたいとは思わないのか?」「故人に対する敬意は無いのか?」といった評価を受けてしまうかもしれません。

本当は酒をやめなければいけないのに、「”人質”のために飲まざるを得ない」という心境に陥ってしまうのです。

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人質を取られていると感じた最近の事例

人質を取られていると最近感じた事例

この「人質のために飲まざるを得ない」という人間心理はお酒のCMにも応用されています。

お酒のCMに人気タレントを起用することで、「飲まない=その人気タレントを否定することになるのでは・・?」という人間心理が働くことを利用しているわけです。

例えば最近だと、新垣結衣さんがビールのCMに起用されていましたね。

もしも新垣結衣さんの熱烈なファンがそのCMを見たら、ついそのビールを飲んでしまうはずです。

「お酒をやめなければならないのは分かってる。でも・・でもビールを飲まないってことは新垣結衣さんをどこか否定してしまうような気がして・・」と、こうなるわけです。

繰り返しになりますが、「切り離すこと」が超重要なのです。

新垣結衣さんとビールを切り離し、「両者は関係ない」という事実に気が付くかどうかで断酒マインドが大きく変わるはずです。

冠婚葬祭で酒を飲む理由を再考する

冠婚葬祭で酒を飲む理由を再考する

ところで、冠婚葬祭の各文字はそれぞれ次のような意味をもっています。

冠:成人式
婚:結婚式
葬:葬式
祭:法事/盆/正月/彼岸

この章では「冠婚葬祭で酒を飲む理由」についてそれぞれ考えてみたいと思います。

冠:成人式

日本ではお酒のパッケージや広告に「お酒は20歳になってから」と書かれていますよね。

別にこれは、「20歳になったら飲みましょう」といっている訳ではないにも関わらず、「お酒は20歳になったら飲むものだ」と思い込んでいる人はとても多いように感じます。

別に20歳になったからといって、急にアルコールを無害化できるよう体質が変わる訳ではありません。

あなたが何歳になろうが、別に酒を飲む理由なんて根本的には無いんです。

婚:結婚式

結婚式は人生最大のお祝い事のひとつであり、「この日くらいは・・」と飲酒を正当化するにはうってつけのイベントです。

人によってはタガが外れたように飲み狂ってしまう人もいて、それでも周囲は「まぁまぁ今日くらいはね」と寛容です。

結婚式で酒を飲んだり、飲み過ぎても周囲が寛容なのは、「飲む」という行為がお祝いの気持ちを表現する「ポジティブな意思表示」だと皆が思い込んでいるからです。

無意識的に、新郎新婦という「人質」を取られている感覚に陥っているのです。

酒をやめると脳が冷静になりますが、「新郎新婦にお祝いするために自分がお酒を飲む必要ってある?」「別に飲まなくてもお祝いできるよね?」ということに気が付くようになるはずです。

葬:葬式

長い人生、どこかのタイミングで大切な人を失うこともあるでしょう。

葬儀で久々に会う親戚もいたりして、「最近どう?」なんていう会話をすることもしばしば。

みんな本当は悲しいけれどもそれを紛らわすために「ま、飲もうか」となることも多々ありますし、そこから故人にまつわる昔話に花が咲くこともありますよね。

ただ、酒をやめて冷静になってみると「故人と自分の飲酒には全く関係性がない」ことに気が付きます。

故人は故人、飲酒は飲酒なのです。

ちなみに私が最後にタバコを吸ったのは2018年、祖父の葬式に向かう新幹線の中でした。

その直後に「タバコとじいちゃんは関係ないよなぁ」と思って、それ以降1本も吸っていません。

祭:法事/盆/正月/彼岸

祭事にも親戚が集まる機会が多々ありますよね。

その親戚の中に必ず一人は昔からの酒飲みおじちゃんが居たりして、「一緒にどう?一杯」なんて軽く声をかけてきたりします。

(気の知れた親戚だし身内の誘いは断りづらいな・・)と誘いに乗って飲むこともあるでしょう。

親戚の集まりに酒が振る舞われることは昔からの慣習でよくあることだと思います。

ところが、酒をやめると「親戚だから飲む」というのが飲酒正当化のための言い訳であることに気が付くようになりました。

お酒なしの冠婚葬祭って実際どんな感じ?

お酒なしの冠婚葬祭って実際どんな感じ?

では実際に、私がお酒なしの状態で過ごした冠婚葬祭ついてお話ししていきます。

といっても、成人式には出席していませんしその時代にはもう戻れないので、「冠」以外の「婚葬祭」になります。

お酒なしの結婚式

昨年、実弟の結婚式に行ってきました。

そしてもちろんアルコールは1滴も飲まず、終始ソフトドリンクでした。

その直後のツイートがこちらです。

今まで出席した結婚式のことを想い出してみると、「昼間から思う存分お酒を飲んで酔っ払うことができる」という一点のみを楽しみにしていたんだと分かりました。

自分を招待してくれるような大切な人であればあるほど、その瞬間の記憶を大切にしたいものです。

お酒なしの葬式

断酒を始めて1年以上経過した頃にもう1人の祖父が亡くなったのですが、久しぶりに会う親戚もいました。

その人はワンカップを飲みながら私にもお酒を勧めてきましたが、もちろん「酒はもうやめた」と伝えます。

なぜ酒を飲まないのか理由を聞かれたので色々答えていると、「もうどうでもいいんだよ」と言いながら、寂しそうに煙草を吸いながら酒を飲み続けていました。

このように、飲む人は飲むし飲まない人は飲みません。

いくら誘われたとしても、自身の飲酒と故人は全く関係が無いのです。

お酒なしの祭事

「祭」といっても、私の場合法事はそんなに頻繁にあるものではありません。

比較的多いのは、年に1回必ず訪れる盆や正月ですね。

盆休みや年末年始に毎日飲酒となる人も多いと思いますし、酒飲み時代の私も多分に漏れずそうでした。

ところが、脳が正常モードにチューニングされると「盆や正月」と「自身の飲酒」は関係ないというのがハッキリ分かるようになります。

いつもと同じ1日であり、いつもと同じ24時間なのです。

大晦日はテレビの年末特番を観ながら酒を飲み続け、いつの間にか寝落ちして正月を迎えるというような人生でしたが、昨年の大晦日は子供たちと一緒に21時に就寝していましたね。

何も特別なことはない、いつもと変わらない平和な1日なんです。

それ、社会的洗脳かも?

それ、社会的洗脳かも?

ここまでお話ししてきた通り、冠婚葬祭イベントと飲酒は密接に関係しているように見えて、実は全く関係がありません。

もしも関係していると思っているのであれば、実はそれが社会的洗脳なのかもしれません。

なぜ20歳になったらお酒を飲まなければならない?

なぜ祝いの席ではお酒を飲まなければならない?

なぜ人が亡くなったらお酒を飲まなければならない?

なぜ盆や正月になるとお酒を飲まなければならない?

考えれば考えるほど疑問が湧いてきます。

ひょっとすると、ただお酒を飲む理由(=言い訳)として冠婚葬祭イベントが利用されているだけではないのか?

そしてその本質としては、脳がアルコールを欲しているだけなのではないか?と。

落とし穴は他にもたくさんあります

落とし穴は他にもたくさんあります

今回は「冠婚葬祭」についてお話ししてきましたが、実はそれ以外にも落とし穴はたくさんあります。

例を出すと、誕生日や忘年会、新年会、歓迎会、送別会、納涼会、花見、夏祭り、BBQ、慰労会、その他お祝い事などきりがありませんね。

ただ、1つだけハッキリとした共通点があります。

それは、『そのイベントとあなたが飲酒するかどうかは全く関係ない』ということ。

このように切り離して考えられるよう脳を正常モードにチューニングすることができれば、断酒力は格段にUPするはずです。

まとめ:お酒を飲まずに冠婚葬祭イベントを乗り切るためのたった1つの真理

まとめ:冠婚葬祭イベントをお酒なしで乗り切るためのたった1つの心理

最後にまとめますね。

繰り返しになりますが、 『そのイベントとあなたが飲酒するかどうかは全く関係ない』と両者を分けて考えることが、冠婚葬祭イベントをお酒なしで乗り切るためのたった1つの心理です。

日本という国に住んでいる以上、お酒は文化だという事実を変えることは困難です。

しかし、こちら側の反応を変えることは可能です。

具体的には、「冠婚葬祭イベント」と「飲酒行為」を全く別物として切り離すのです。

そして、人質を取られているような感覚に陥らせる社会的洗脳から早く目覚めるのです。

実際に冠婚葬祭イベントをお酒なしで過ごすことは可能です。

私が社会的洗脳から目覚めたのは、この「禁酒セラピー」という本に出会ったことが大きいです。

>>『禁酒セラピー』の内容と私の禁酒体験に共通する6つのエッセンス

今まで漠然と感じていたものが確信に変わったのを覚えています。

もしまだ読んだことがない人は是非おすすめです。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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